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あなたは自分の人生を生きていますか?

日本は、長期の経済低迷、社会変革の遅れ、少子高齢化社会により、経済だけでなく各方面において活力が以前より低下し、色んな意味での格差が進んでいるとはいえ、それでも世界に類を見ない程の安心・安全な国です。
普段から、ネット検索や、情報収集に強かったり、その手の知識に詳しい方ならば、ネットの一領域や一部の作家・書籍からは「日本は終わった」という声が随分前から出ているのは、もう珍しい事でもないでしょう。

この「終わった」というのが発信者の意図・話題造りの目的で発信しているのか、それとも専門家の何らかの根拠があってなのかはわかりませんが、ただ、私達にとっては、正直、どちらでもいいという事です。
社会の変化は、個人では到底太刀打ちできない事なので、それをどうこう議論したりするのは時間の無駄です。
ここでいう、無駄というのは、政治や社会に関心を持たずに、選挙も行かない、考えを持たないとか、そういう事ではなく「ネットや本・TVで社会の事を観察する時間があれば、自分の人生を生きる事に時間を費やした方がいい」という意味です。

日本社会の将来に関する情報は、ネット世界には星の数程ありますが、この先の日本、いや世界経済がどうなるか「当てられる人など誰一人といない」というより、そんな人がいればその人は「様々な条件が揃えば」大金持ちや有名人になるはずです。
(注:その様々な条件が揃うには、努力と、努力だけではどうにもできない事も含まれます。)
もし、確信を持って当てられる人がいるなら、ネット世界には「現れない」はず。正確には「現れたくない」です。

何を言いたいのか、という事ですが、ネット世界には
「誰にも教えたくない情報」
「自分とその内々の仲間以外には教えたくない有益な情報」
はまず、出てくることがない、という事です。

….と、このように、唐突に、社会云々の話をしていますが、このサイトのタイトル「自分の人生を生きろ」とはまるで関係ないように感じられた方もおられるでしょうが、実は、個々の人生と社会云々の話は切っても切り離せない話なのです。
人間は生きている上で、特に便利な文明社会に生きる人達は、絶対に社会と切り離して生きる事はできないです。無人島や山奥で自給自足する生活でもしない限りです。保健や医療は国や自治体が、治安維持や災害救助も国の機関が税金にて行い、インフラや通信にしても会社組織が提供しているものですから、社会と切り離すというのは、それらに一切関わらない事を意味します。

そして、人というのは、家庭環境を基盤に、幼少期から得てきた情報によって人格や行動が決まってきます。
家庭環境は、まず、子供が親を選べないように、決まっているものであり、家庭環境は社会・経済に影響されます。そして、情報は、自分以外の外部から入ってくるもので、国が先進国である程、その情報の多くはマスメディアやネットからもたらされるものになってきます。
そのため、後進国の農村地域や閉ざされた社会主義国家だと、入る情報は、自由に検索できるネット環境にない限り、江戸時代以前の日本の村社会のように極めて限られた地域完結のものだけになります。

但し、情報過多とされる現代日本でも個人差はあり、自分と直接関係がない領域の事に関心がない人は、学校・地域・携わる職業や知人に関する情報に限定されがちで、他の情報、特にマスメディアを通じて伝わる情報は別世界の雑談になります。
というより、殆どの人はそうではないかと思います。

この、家庭環境は選べないとか、遺伝とかそういう類の話は、ネット世界では既に出回っている情報ですが、当サイトではそれに対しても深く切り込んでいきます。

このサイトの各記事をお読みくださると、このサイトが何を伝えたいのか、その詳細は理解できると思いますが、まず「何らかの悩みを抱えている状態」でネットサーフィンして闇雲に情報を掴もうとする、救いを求めようとする、答えを得て安心しようとする事は辞めた方がいいです。

このサイトの読者層の想定は特にしていませんが、今、自分の人生に何らかの疑問を持っている、幸せとは思えない、具体的な事は各投稿記事にて説明しますが何らかの悩みを持っていて解決の糸口を模索している方々をある程度想定しています。

悩みを抱えていてネットに答えを得ようとすると、ネットというのは性質上、不特定多数の物の考えの発信者(勿論、商業的な会社組織も含まれます)が情報を発言していて、発信側の意図や、発信者の立場、発信者の環境や生い立ち等によって異なる価値観で発信しているので、それら違うものを観てしまうと、混乱を招き、情報を知らなかった時よりも精神的にマイナスになる事が多いからです。

こうなる人が多いのは、情報世界の性質を熟知していたり、感情や主観ではなく、絶対的な客観で物事を捉える事が出来る人が少ないからです。

それがある程度想定できるのは、あるキーワードでの検索結果が見事なまでに、似たようなサイト・記事がヒットするからです。
そして、ネガティブな検索キーワードは、ネガティブな情報を抽出するので、そういった情報を目にする、誘導される可能性が高いのです。
特定の発信者や業者も多く見受けられますが、それらは広告収入を得るための手段です。
あるキーワードでは、決まったように同じ業者が上位にヒットし、同じインフルエンサーの発言が掲載されてます。
これが続くと、益々、特定の事業者やインフルエンサーの社会的影響力が強くなります。

こうなると、メンタルの弱い人は、特定の事業者やインフルエンサーの発言に信頼を置いてしまうか、益々、不安が増大して、同じ検索を繰り返します。それだけは阻止してください。
文字というのは、音声よりも強く感じやすいです。特定の人間が話しているのではない、不特定数のマスに対して発信しているだけなので、無機質で、冷淡で、読む側個人への感情などないからです。

さて、前置きが長くなりましたが、日本は世界有数の恵まれた国のはずなのに「幸福度」は低いとされます。
何故、そうなのか、サイト運営者である私はいくつかの「答え」を導きだしました。

先ほどの「自分の人生を行動して築く」ではなく、社会・他人の観察を続けている人ほど、その幸福度は低いのではないか、という答えです。
社会・他人の観察をしているだけでは、自分は何者にもなれない、自分が社会に生み出すものがない人間になってしまうので、評価されない、自分の存在意義を社会に認める事ができなくなるからです。なれたとしても、評論家です。創作物であれ、自分自身であれ、自分から生み出し社会に与えるものがないからです。
勿論、それでもよいという人はそれでよいですが、自分の人生を歩まずに、他人の事ばかり観察していると、批判したり、悪口を言って、その人の幸福度は低くなるに決まっているのです。

実は、日本人の幸福度が本当に低いのなら、他人・社会を傍観しているが、成功した他人、目立っている他人を批判したがる人が多いのは、多くの人が自分の人生を歩んでいない、単に働き給与を得て消費をして、その繰り返しであり、自分そのもの(または創作物や事業等)の価値が高められない、つまり「個人が何者でもない事」にあると言えます。

例えば、普段は他人や社会に関心がないように見える、趣味ややりたい事に熱中している人でも、成功者や有名人の事を羨ましがったり、報道などで評価されている人をけなす人がいます。
娯楽で楽しんでいる時はよくても、普段の生活になると、仕事や自分の地位、収入に対して不平を言う人がいます。
娯楽と言うのは消費活動で、何も残らないものです。例えば、アイドルのファンになる人が多いのは、彼氏彼女がいない、理想の異性と付き合えていない人が多いのではないかという推測があります。
異性がいないので、その補填としてのアイドルがいるというものです。
アイドルの応援は否定しないですが、大事なのは、その応援の仕方で、自分の人生の糧になるのかどうかです。これは、何もアイドルだけではない、映画やゲーム等の他の娯楽においても同様です。

また、アスリートや芸能人に対しては、不祥事を起こせば、批判する人がいます。勿論、悪い事は悪い事だとしても、それがポイントではないです。
そこで多くの人は「彼・彼女は有名人で、才能もあり、認められている、お金持ちだから」と言いますが、これは観ている側が「情報で流れてくるのは結果しか確認できない」「自分にないものを持っている」比較があるからです。

勿論、情報網がなく、成功者・有名人の情報が無ければ、知る事もないのですが、人というのは他人に関心がない人でも、自分の何らかに不満があれば、自分に無いものを持っている誰かを批判したりする傾向が強いです。

これは、メンタルの強い人が、他人と比較しないという事で片付きます。

そもそも、成功って何でしょう。成功者ととりあえずは表現しましたが、私なりの成功者は、有名人やお金持ちになる事だけに限定していません。

そこで「幸福度が低い」=本当に幸せじゃない人だらけなのかですが、実は日本国民全員からの統計ではない、一部の結果です。
何者でもない、普通の生き方と言えば語弊がありますが、家業を継いだり、就職して結婚して家を買って、子育てしたり、店を開業したり、そういう旧来からある「ありふれた価値観」で充分幸福な人は決して幸福度は低くないはずです。
夫婦喧嘩しても、仕事や家庭内で多少の荒波があっても、その人生を否定しないのは、ありふれた価値観で満足しているからです。

しかし、最初に話した「幸福度が低い」というのは、個人によってその幸せが違うので一概には言えないですが、やはり、他人との比較、特に「情報化社会」によって、知人はともかく、有名人等、成功者とされる方々の情報も常に入ってくるようになった事が原因ではないかと思います。
情報化社会が進展する程、自分と直接関係のない、会った事もない人と容易に比較できる環境が出来てしまった、というよりは「自分の人生を歩んでいない」から他人と比較してしまうのです。
それの原因の一つは、当サイトでも採り上げている「マスメディア」や「広告」「芸能」といったものも大きいです。

そして、上記のような「ありふれた価値観」で満足している人が、昔よりも減ってきて、家庭とか職場とかではなく「個人がどうあるべきか」「個人の価値」というのものを重視する人達…特にZ世代と呼ばれる世代以降は、自分の人生の在り方が「家庭」「組織」ではない、別の場所に求めるようになったので、個人対個人という構図から、他人との比較をしやすくなったと言えます。
「お金持ちにはなりたいが、嫌な仕事をして高収入は得たくない」
「組織の一員ではなく、何者かになって有名になりたい」
「家庭や組織に縛られるのではなく、自由に渡り歩いていきたい」
というものは、決して全人口の多数ではないですが、Z世代は勿論、それより少し前の世代が子供だった頃から芽生えていたものです。

「ありふれた価値観」は年齢層が高くなるほど、その価値観になる人が多くなるのは、歳を重ねるにつれて、夢とか野望とかいうものよりも、自分の努力で実現可能なものに「自分自身で限界を定めて」しまうからですが、これは経済的な理由、体力的な理由、精神的な理由がありますが、一番は「もうこのあたりでいいか」という諦めのようなものです。
しかし、そのありふれた価値観に染まれない、現状に納得がいかない人は、かなり少数ですが、一定数いて、彼らは周囲から見れば無謀に見えるかもしれませんが、年齢に関係なく夢に挑み続けます

このように当サイトは、様々な方面から、その本質に迫り、社会の変化が激しい時代において、本当の幸福な人生を歩むために何をすればいいか、悩める多くの人達の何らかの指南になればと思い、当サイトを立ち上げました。

同類のサイトは他にも存在していると思われますが、当サイトでは他サイトとは、全く違う徹底した個性的な考察、独自色で特色を出していきます。

なお、当サイトは、サイト上にある広告やアフィリエイトを除き、何らかの勧誘や商売の宣伝ではございませんので、その点はご安心ください。

また、私自身のプロフィールやこれまでの経緯は後に、支障ない範囲でお話していこうと思います。

よろしくお願いいたします。
By Angel-Broadcasting