趣味や愛好は人の人生や外見にまで影響するのか

男性におけるアニメやアイドル・電車の趣味が、車・スポーツの趣味とどう違うかは「女性からの評価」

男性における、アニメ・電車・アイドルのオタクの方々は、かなり市民権を得たとはいえ、未だに女性、特に若い女性からは好まれない、そういう趣味の男性は恋愛対象外という拒否的なバイアスがあります。特に、日本・韓国ではです。そのため、外国の日本アニメのオタクは、欧米人に多いです。

そして、車やバイク、スポーツやアウトドアが趣味の方々ですが、こういう趣味の場合はあまり女性から拒否反応が見られません。

何故かと言うと、アイドルは説明不要ですが、まず、アニメは一部の作品において「萌え系」と呼ばれるものが存在している事が挙げられます。ただ、これはかなり昔から言われてきた事です。
現代は、そういったジャンルのアニメの女性ファンも増えましたが、男性ファンに対する「多数」の女性から見た印象は今も良いとは言えません。
アニメ全般は決してそうではないのですが、一部のイメージにおいてそういうレッテルが張られています。

秋葉系というのがかなり前に流行語になりましたが、全員でないにしろ、彼らの外見が、割合的に美意識とは程遠いような風貌の男性が多かったので、多くの女性たちから見て、そういった類のオタク=異性を意識しない、自分を磨こうとしない男性たちと捉えられてしまったのです。

車・バイクが趣味についてですが、電車よりも、車マニアの方が「オタク」っぽく思われないのは、電車というのは「他の多数と同乗する公共交通機関」なのに対し、車は「自分の所有物を運転する」違いにあります。
車は自分のプライベートスペースです。そして、借り物を除けば、自分で購入して、自動車保険も加入し、車検も必要、つまり、お金がかかる乗り物で、誰もが気軽に参入できるものではないです。
また、趣味以前に、鉄道がない地域に住んでいる、仕事で車が必需品、という意味合いで、必要最低限の所有物という認識を持つ人もかなりいます。
外国ですが、アメリカでは車を所有せず免許がない、だと行動範囲がかなり限定されます。
更に、有名人や成功者と言われる方々、特に男性ですが、車を所有、趣味である方が多く、電車が趣味と言う方は少数なので、一層、男性が車を持つというのが大人としての証のようなイメージを作っています。

アイドルは彼女がいないための補填として、一部のアニメ(バーチャルアイドル含む)、それらの愛好も同様の理由として、そして、電車趣味は自動車を運転できない男性が趣味に入りやすい、車を所有していない代わりとしての電車、という偏見があるのではないでしょうか。

これらは全て「女性からどう見られるか」がポイントになっています。

特に男性の場合、車を買った・自分で免許を持ち、運転できるという事は「その部分だけでも親に依存せずに自立している」指標の一つと解釈できる事、そしてアイドルやアニメのキャラに関しては、現実に異性がいればそういったものはあまり愛好しない傾向は確かにある事から来ています。

統計は取っていないですが、ヤンキー系・外向型の少年はバイクや車の所有率が高いです。
※参照「外向型な人について」

これは、家庭よりも外に居場所を求め、インドアになりにくい事、仲間を創ろうとする事、外で活動を自由にするのに適した道具がバイクや車だからです。また、親がそれらを愛好していた可能性も高いです。
また、外で活動する傾向にあると、スポーツやアウトドアに興味を持つ機会もでき、そういった類の友人ができます。
車やバイクは自分で改造したりする人もいますが、輸送機器を修理・改造できるという器用さが無ければできない事です。こういう事ができると、アウトドアや料理、DIYと言った作業も出来るようになります。

そして、車があるとデートというのもそれが基軸になり、電車と徒歩に比して、仲間での行動範囲は広まります。

車の運転や、現実の異性と交際するというのは、現実と向き合った結果であり、非現実のバーチャルなものに逃げていない事になるので、大多数の女性からはそういう男性の方がどうしても評価されます。

しかし、多様性を認め合う、ダイバーシティに向かう国際社会において、外見が秋葉系であろうと、どういう趣味や愛好であろうと、美意識が無かろうと有ろうと、お互いが尊重され、優劣つけない社会を築くには、影響力の強いメディアやそれに関わる業界、そして国民、特に女性の意識が変わらないと難しいです。
つまり、外見を魅力にした人も、そうでない人も、等しく尊重されるかは、国民一人一人の意識の問題になってきます。これは、個人の好みは横に置いてです。

但し、内面的なものが無い、人間性が乏しい、排他的で他人に攻撃的な人であれば、外見に関わらず、なかなか評価は厳しいものがあります。

束縛を嫌い、孤独の自由を求めた結果、共同作業とコミュニケーションが苦手な人が増えた

国関係なく、概ね女性は「頼りない」「依存する」「弱い」「仲間と協力しない」男性は好まない、恋愛対象にはしない女性が多く、日本以上に韓国の場合は、男性は、甘やかされないで、厳しく育てられる傾向が強いです。
その理由は、韓国は、日本以上の学歴・競争社会で、北朝鮮との分断による兵役というのも影響してます。また、現代でも儒教の影響が強いので、家族でなくても年長者を敬う、親子や役職・師弟での上下関係、また、女性より男性の地位が高いです。
韓国では、日本と同様に祖父母と同居しない世代が増えていますが、子供世代と離れていても、実家とは親密に交流します。

日本も韓国も、世界に類を見ない程、都市部に人口が集中していますが、日本の場合は農村部から高度成長期に一気に人が都市圏に流れ、そのまま都市に定着した人が大半でした。
韓国も同じ事が言えますが、決定的に違うのは、祖父母のいる実家との密接度です。

日本の農村部では、高度情報化社会の今でも地域の連帯感が強く、三世代同居する家庭も珍しくないですが、80年代以前とは違い、人口・税収はかなり減少して、今後の自治体の公共サービス維持が危惧されています。
対して、都市部は違う目的でそれぞれが移住してきた人が集まっているので、地域に対する愛着は薄いです。もっとも、家を購入してその地域に定着した人は地域の交流を盛んにしますが、自分の何らか人生の目的があって、そこに住んでいる人は地域への関心は極めて低いです。

日本でも、かつては祖父母と同居する世代が大半で、家庭環境によりますが、親の意向が強く、子供は、家庭でも学校でも、自由な空気はなく、厳しく束縛されるような教育でしたが、高度成長期以降、自由奔放な文化が流れ込み、束縛されていた子供達が学生や社会人になり、結婚して子供が生まれると、一転して我が子には自由にという空気感になりました。
それでも、旧来のような厳しい親は一定数いましたが、日本の子供ほど「甘やかされている子供はいない」と既に80年代後半には、メディアで報じられていました。
特に、核家族が進み、TVゲーム等の室内の娯楽が登場してから、勉強しない、スポーツしない、将来の事を考えない、そして親の手伝いをしない、親の働いている姿を見ないといった子供が増えた事からでした。
更に、学級崩壊を起こす生徒や、規則を守らない子供が増えただけでなく、年長者、目上の人、ルールというものの権威が子供や若者にとっては「自由を束縛するもの」と捉えられるようになります。

日本では、その結果、高齢者の方に対して「老害」という言葉まで出てきましたが、韓国は勿論、どの外国でも考えられない現象です。この言葉は、世代間格差という意味で、現役世代・若者たちの社会保障費が増えるのは、高齢者が多い事にこじつけている、ネット上で出た言葉です。
またこの言葉の主張者たちは、現代の高齢者は、景気の良い時代に過ごしていて、戦争も不況も知らない、としています。
そして、近年、高齢者による過度なクレーマー、公共マナーの悪化が報道されたり、リアルで目撃する機会も増えたので、高齢者に対する印象が若者たちにとって悪くなっています。

これは、祖父母世代と同居していない、地域社会が薄いので高齢の方と接する機会がない、自分の親となぞらえて想像できない、事に原因があります。

この種をまいたのは、勿論、この10年ではなく、90年代以前です。
当時、都市部の、特に会社員の親は今と同様に、仕事重視で、子供とのコミュニケーションをとらず、親自身も祖父母とは疎遠になったり、不仲というのも増えました。
核家族、共働き、鍵っ子、そして片親世代も増えます。
そうなると、子供達は、外向的な子でなければ、家で、自室で一人で過ごす事が増えます

日本から「世界に通用するTVゲーム・アニメ」が生まれたのは、実は子供達を取り巻く環境が理由だったのではと感じてます。
そのため、スポーツ・アウトドア人口より、インドア人口が多くなりました
インドア=室内で出来る娯楽は、昔は触れる玩具や模型といったものでしたが、次第にTV、その後はPCやスマホといったデジタル媒体に変わりました。これらの共通点は「画面」が相手という事です。
ボードゲームやトランプといった遊びは複数人でないとできない遊びですが、画面系の娯楽は「一人」でできます
つまり、他人と一緒に共同で何か作業をするとか、楽しむという人が減り、一人で自分の好きなように遊ぶという人が日本人男性に増えたのです。
画面に映し出されるものは「コンテンツ」と呼ばれます。その結果が「日本はYoutubeの利用者世界一」「スマホの依存率世界一」ではないでしょうか。

これは全て、親や組織からの束縛を嫌い、自由を求めた結果ですが、アメリカ人の言う「自由」「解放」とは違います。
日本人の多くは、何かに依存しています。アメリカの場合は、自立している事が前提で、というより経済的にも精神的にも自立していないと生活できない国です。
そして、自己防衛・自己責任の国です。日本とは比較にならない程、犯罪発生率も高く、凶悪な犯罪も多く、いつどこで巻き込まれるかわからないのです。

つまり、ネット世界で多くの人が「自由を手にしたい」と言っていますが、自力で築き上げるというよりは、何かのせいにして、自分の力が無いがために、内に向いてしまって、その箱の中で「自由」でいたいと発言している人が多いように感じます。

私は、時々、オーストラリアの田舎に移住した男性のブログを拝見させていただいてますが、彼は「自由」を求めて行動したそうです。かつてある大手企業に勤務されていましたが、都会生活・競争社会が嫌になり、そこから離れる人生を選ばれました。
彼の場合は「行動して自由を手に入れました」
現地では自給自足生活ですが、現地の方に助けられて生活もできています。
現地の方に助けられているというのは、コミュニケーションが(※勿論英語です)取れているという事です。

人は一人では生きていけません。箱の中で、画面を眺めて、何も行動せずに自由を求めている日本人が多くなっているのではと危惧しています。

KPOPが高身長・美麗系で、日本のアイドルが可愛い系の理由

韓国では、日本以上に「強い」「美しい」「かっこいい」そして「財力・地位がある」ものをもてはやすので、それに適合しない男性は非常に辛い社会でもあります。
韓国でも秋葉系のような男性の「オタク」は存在していますが、日本以上に冷たい視線があります。

ですが、日本ではそこまで厳しくないので、一定数の男性たちは「異性からどう思われても構わない」「外見なんてどうでもいい」「現実の女性は好まない」人が増えます

韓国では、男女共に、精神的に自立した大人の女性を好む傾向があります。これは、日本よりも厳しい競争社会というのが影響しています。
しかし、日本人男性は、強く美麗な雰囲気の女性は一部を除いて好まれていません。人数的には「萌え系」「可愛い系」を支持しています。だから、日本型のアイドルができました。
また、日本人女性も、身長が低い方が多いので、芸能人においても、高身長のモデル系は少なく、そういった女性芸能人は韓国やアメリカ等、外国で主に活躍しようとします。

韓国は学歴社会ですから、知的で教養のある女性は高く評価され、更に、外見も内面と一体化しているとの考えです。内面があっても、外見に足りない所があれば、その改善の為に努力をする、という事です。更に、知性があり、能力もあり、外見も魅力的な人は、男女共に高評価です。そして、こういった方々には「甘え」「弱さ」というものを微塵と見せない、精神的に自立していない人とは全く真逆であるように感じます。

※但し、芸能人の場合は、イメージ造りなので、本質はわかりません。

そして、もっと飛躍すれば、知識と教養の上に、仕事ができれば、出世も叶い、それが収入に比例するので、競争社会の勝ち組となり、そういう男女、特に男性は模範的に讃えられるので、韓国人女性はそういう男性を羨望の的で見ています。

芸能界においても、日本と大きく異なるのは、国際的に進出する事が基本になっている事です。国内の人口では市場が小さく商業として成り立たないからです。
また、アメリカの文化が直接的に強く入り込んでるので、日本以上に欧米の資本主義的な思想は強いです。
そのため、芸能を一大産業として位置付けていて、若きスター達は「国民の英雄」としているので、日本以上にスター達への憧れは強いものになっています。

日本では「好きな事を自由表現で」という性質が強いですが、韓国の芸能は「国を背負っている、芸能産業を発展させる、国の若者の代表として」という性質が感じられます。
こういった国の事情なら、軟弱な雰囲気の芸能人よりも、強く、カッコよく、美しいスターを対外的に全面アピールしてくるでしょう。特に、日本にはそういう芸能人は少ないので、一番市場になっています。

By Angel-Broadcasting

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