情報は他人との比較を生むがチャンスも生む

1990年に行けば、現代がいかに情報過多かわかる

当時を知る方なら、なんとなく言おうとしている事が掴めると思いますが、1990年と現在(2024年)とでは、一人の人間に入ってくる情報量は比べものになりません。

まず、人は誰しも、誕生から数年間の記憶は無くなっています。何故なら、人は誕生から暫くの間は睡眠時間が殆どで、視覚や聴覚等により外界から入る情報は記憶できないか、極めて断片的です。人は五感で感じる事は全て情報です。何も、本やTVやネットで知った事だけが情報ではないです。感じるとは瞬間的なもので、認知するは脳に記憶されるという事です。

「情報過多で疲れた」という人が増えてますが、それは、脳が、情報容量の限界を超えて疲弊しているからです。脳の記憶装置は、コンピュータと同様に二つあり、短期間記憶する領域と永続的に大容量で記憶する領域とあります。そのうち、短期間記憶する領域は、コンピュータのメモリに相当します。このメモリは瞬間的に色んな事を覚えられますが、時間が経つと忘れやすく、容量を超えるとパニックになって、疲れてしまいます。机で例えると、狭い机だと、書類を多く乗せると、どこに何があるかわからなくなるようなイメージです。

情報の殆どは、暗記しないといけない内容ではないので、多くは自分にとってはどうでもいいよう情報のはずです。しかし、日頃からSNSをして他人の情報を多く見ている、ネット検索して多種多様な発信を多く見ていると、容量を超えて、疲弊してしまいます。
飲食店でウェイターとして働くのに適合するのは、瞬間的に記憶して動作ができる人です。このメモリ部分の容量が大きい人です。複数のお客様の注文を正確に聞きながら、他のテーブルの片づけをして、注文を厨房に伝え、また次の注文を受ける、を繰り返しても脳が疲れない人です。所謂、マルチタスクというものです。

ネットが無い時代は、一人の人間に入る情報は限られていました。特に子供の場合は、親から与えられる本や、学校の教材から情報を得てました。勉強に直接関係のない情報は、TV・ラジオ・新聞・雑誌等です。TV以外では、特に印刷物で発行された本が最大の情報源だったので、情報収集する人は図書館に通っていました。また、教科書・図鑑に載らない、専門性の高い情報は、大学等でなければ入手できませんでした。
更に、商業における各業界の事情は、それぞれの業界の内部だけに出回る情報であり、それに関わらない人が知る事はできなかったです。

現代の子供はネットから情報を得る事が容易にできますが、ネットはこの頁でも述べたように、不特定多数の発信者が入り混じった世界なので、そこで正解を見つけられるかは本人の判断力になります。
但し、90年の子供は知りたい事があっても、周囲の大人が知らない事は、本を買うか、図書館に行くしかなく、それでも分からない事は永久にわからないままでした。
当然、TV等の既存メディアは全ての情報は伝搬せず、特に大人の事情で都合の悪い情報は出ないので、それらの事情を知る事はできなかったです。

また、当時の子供は、ネット自体が無いので「YouTuberになりたい」「ネットで稼ごう」という発想すら出来ないです。
学校の勉強をして、受験して、大学に行って、就職して…という道ならば、それに関係ない情報は入れる事すらしないです。それが、弁護士目指す場合は、それに関する情報以外は積極的に集めないでしょう。
集めるのであれば、趣味や興味ある領域についてですが、その情報源も知人や本になります。
俳優になりたくても、周囲に俳優になったか芸能界に詳しい者がいないと、芸能関係の雑誌や広告を見るしかなくなります。

「仕事が嫌で辞めた」「あの会社はブラックだ」という声も、リアルに周囲にそういう人と出会わない限り、知らないままです。ネットがあるから知る事ができた情報です。
また、TV・映画・雑誌から伝わる芸能人、音楽の娯楽は「遠くの人が何かやっている」という感覚であり、自分とは関係ない人達という認識は今以上に強いです。「ファンになるなら応援しよう」位の感覚です。

「外国で仕事をするならどうすれば良いか」等、現代はネットで当事者の体験談を知る事は出来ますが、90年当時だと、身近にそういう人がいないと、英会話スクールに赴いて、やみくもにそういう人がいるかどうか探さないといけなくなるので、お金や時間のロスは比較にならないです。

要するに、情報量が少ないだけでなく、ネットから情報を入れる事が出来ないので、限られた情報だけで自分の人生を決めていくという事になります。よって「狭い世界で生きている」人が大半だったのです。
※参考有名になった人は皆、広い世界に出た
ただ、それは反面、他人と比較するのが、知人等、限られた範囲になるので、特にSNSも無いので、有名人や、幸せそうに見える他人の発信と、自分の人生や現状を比較して、精神的に疲れる、自信を無くす、という事すらなかったと言えます。

1980年代、有名歌手の結婚披露宴がTV中継され、特番で放映された事があります。また、当時のTVのワイドショーでは、有名芸能人の豪邸やその暮らしぶり、所有物、家族や交友関係の仲良さそうな風景、お祝いの時のプレゼントを見せたりと、そういう内容が放映されてました。
しかし、当時、そういった映像を見て、どれだけの視聴者が、羨ましいと感じたか不明ですが、少なくとも、当時は芸能人と自分達は「別次元」と見ていた人が圧倒的であり、また、TVは、SNS・スマホとは違い常に携帯しているものではなく、環境が違います。更に、当時は日本経済も良く、平均的に収入が良かった時代なので、お金持ちや有名人に対して羨む人も少なかったのではと思います。

情報が来ない程、関係ない人と比べなくて済むが、生活や安全に関する情報がないのは大問題

日本に限らず、昔の人類は「村社会」だった所が大半でした。
ここでは、日本の例を挙げますが、明治の初めまでは身分制度があり、身分によって住む場所が決められ、人口多数を占めた農民は、都市ではなく農村部に居住していました。また、当時の日本は近代国家ではなく、全く都市化が進んでいないので、農村・自然のままの地域が殆どでした。
農民たちは滅多に「村」から出ていかなかったですが、その理由は「行く必要がなかった」からです。村を管理するのは名主・庄屋と呼ばれる武士と農民の中間のような人達でした。江戸時代の幕府や各藩の財源の多くは、米の生産による年貢であり、農民は稲作をする事が生計基盤でした。
また、商店が集中しているのは都市だけで、農村地域には殆ど店がない、というより、農民は貨幣を持っていないので、米や所有物を通貨にしないと、買い物ができません。
そのため、農民同士で「助け合い」がありました。着る服の生地や、米以外の農作物をお互いに与え、与えられていたのです。

そして、現代と最も違うのは、交通機関や自家用車が無いので遠くの場所に容易に行けない事と、情報が入ってこないという事です。交通は、鉄道はおろか、道路網も無く、馬や人が歩けるような街道があるだけでした。これは、日本というよりは「武蔵国」のように地方国という意識があり、他の地方と交流する人は極めて限られていたからです。

特に、この「情報が無い」は、例えば、江戸幕府が大政奉還で消滅した瞬間、現代ならメディアにより瞬時に伝搬され、殆どの国民がその日のうちに知るでしょうが、当時は人以外に伝達手段が無いので、農村部の農民たちは、江戸や京都の限定された領域でない限り、相当遅れて伝わったのだと思います。武士の間でも、上級武士やその関係筋には早く伝わっても、全国の武士に伝わったのは相当後でしょう。

つまり、現代でも、全く情報が伝わらない環境を作れば、江戸時代の村社会と同じになります。TVも捨て、新聞もとらず、PCやスマホのネット回線も切断して、山奥にこもれば実現できます。
しかし、自宅はそうでも、職場や学校、街に出ると「情報」は入ってきます。今や都市部では電車・バスの車内にモニターが設置され、ニュースや芸能の話題、ネット世界の現象が流れてきます。会社や学校には多くの人が来て「情報を伝えます」し、会社の業務にはPCを使う事は多いです。
つまり、自分だけ情報を遮断しても、外で情報と付き合わないといけなくなります。

情報過多で疲れている人が増えてますが、完全に情報を遮断すると、極端な話、気象、交通、災害情報もわからないなんて事になります。また、コロナ渦のような緊急事態宣言や、軍事防衛上の情報もわからなくなります。
関東大震災の被災者がとても多かったのは、当時の東京の街が近代的にまだ未整備だった事だけでなく、今のような報道が無いがために、被害の状況を取材する機関がない、実際の状況や、何が起こっているのかを知る事ができず、身を護る、安全な場所に誘導する事が難しかったからです。

世界がつながるほど、自分と遠く離れた誰かの情報が入る

私は、外国のTVニュースをYouTubeの公式Chで視聴していますが、昔は外国のTV局の番組を見るには、有料で、CSの専門Chに加入しないと観られませんでした。また、BSの場合はかなり編集されているので、現地のまま見る事はできません。更に、自分が見たい放送局があるとは限らないです。
しかし、世界統一規格のネットは、国境を超えました。昔は、アメリカの番組に対して、日本から日本人が、現地のアメリカ人に混じってコメントする等考えられませんでした。
YouTubeや他のSNS自体、GAFAに代表されるようなアメリカIT企業が生み出したものです。

日本の地上波TVでは、日本に来る外国人を取材した番組が増えてますが、外国人は揃って「ネットで日本の情報を得て来たくなった」と言います。
日本の街や自然の美しさや、歴史・文化・料理、アニメ・ゲーム・アイドル等のサブカルといった情報は全てネットがきっかけです。ネットが無ければ、日本に来るか、外国で出版される日本の文化に関する本を読むしかなかったのです。しかし、そういった本が上記の全てを網羅はしていません。

しかし、弊害としてあるのは、日本の情報が、全世界どの国にも、通信設備の環境がある場所では入手できるという事です。Googlemap・StreetViewでどこに何があるかは一目瞭然です。昔は地図を買わないといけない、しかも、日本の都市地図は国内でしか販売していなかったです。
そして、日本の豊かさを知るという事は、先述の旅行者なら良いですが、悪事を働く者のターゲットになってしまう、豊かでない国・地域の方々にとっては、羨ましくも見えてきます。
我々日本人も、ノルウェーやルクセンブルグといった国が平均所得が高く、大学進学率も高くて学費も低い、経済格差が無い、という「異国が良く見える」比較があります。但し、後進国の多くは生活水準や環境、整備状況、治安の状況が違いすぎるので、そういった国からは現在でも日本という国は「世界一、安心・安全な素晴らしい国」と見なされています。特に、アメリカや他の欧州の先進国に比して、犯罪数はともかく、大規模な暴動やデモが起こらない事が評価が高いです。

ネットが無ければ、知る情報も限られる、特に後進国の場合は自分達に直接関係ない国の情報は知る必要も無かったです。これは、日本人の中で、自分に関係ない領域の事を知る事もなかったのと同じです。
しかし、高度情報化社会で、世界は繋がりました。情報過多の悪い面は、自分と他人とを比較させる、洞察力が無いと詐欺や商売に利用される、嘘の情報を信じてしまう事、良い面は、防衛力が得られる、費用をかけなくても知識が得られる、新たなビジネスモデルが出来た事です

世界が繋がるほど、違う正義や常識と出会い、喧嘩にもなる

戦争というのは、単純には、異質な者同士の排他的な攻撃です。国レベルで言えば、人種や民族・政治体制・宗教・生活水準や経済力が違う同士が、互いが接近していれば衝突しやすいです。勿論、人類史に置いて、距離関係なく戦争、特に、近代以降は、世界規模の侵略戦争は起こっていますが、第二次世界大戦終結以降の歴史では、近接した国同士、または内戦で分裂した例が多いです。
異質な者同士が繋がると、互いに受け入れる、認め合うという姿勢がないと、どちらが主導権を握り、支配する側とされる側の関係性が出来てしまいます。そして、互いが排他的で譲り合わないと、争いになるか、繋がりを絶ちます。

これをネット世界に当てはめると、以前、芸能人の不倫問題がよく報道されましたが、それについて、ある芸能人がSNSで「間違っていない」と発言し、その方に対する批判的なコメントで炎上しました。
「不倫は良くない」という正義を持つ人は、それで良いのですが、難しいのは「世界には不倫を肯定するような人もいる」という事です。(※私は肯定しません)
SNSに批判コメントする人達は「公の場で不倫は正義のように発言する人は許せない」という感情があります。或いは、その芸能人が嫌いという理由かもしれません。
ネットが無かった時代は、誰かの発言に対して、外に見える形で批判する事はできなかったです。今は、誰もが人の発言や行動に対して、評論できる時代です。

世界が繋がる程、争いが起きやすいのは、異質な者に対しての排他的な感情と、自分とは違う正義や常識・価値観を否定したくなる人がいるからです。それがネットの場合、自分がこれまで「常識・正義」と信じていたものを「それは違う」と真逆を言う人と出会う事もあるので、反射的に「君こそ間違いだ、正義はこうだよ!」となるのです。
リアル世界では、常識や正義の違う人とは、深い人間関係は築かず、距離を置くと思います。特に職場の場合は、考えの違う者同士が集まっているはずですから、よく「仲良しグループにならなくていい」という話が出ます。しかし、ネット世界では、知人でも親しい関係でもなくても、互いに「本音」が出やすい場所なので、喧嘩になりやすいのです。

幸福度が低い人は、SNSの他人の「幸せそうな」発信に対しては「公に見えない所でやってくれ」が本音

インスタは、SNSの中でも特に若い女性に支持されましたが、その理由は、Twitter等他のSNSに比して文章ではなく画像投稿が主体だからです。
インスタが台頭するまでの、若い女性のネット発信は、主にアメブロ等の無料ブログでした。2000年代後半は、多くの芸能人がアメブロに参入していましたが、当時から文字数は少なく、画像主体でした。そのため、2010年代になってから、主に10~20代の女性芸能人は、より視覚主体のインスタに移行する方が増えました。
私の主観ですが、インスタを利用する若い女性の多く、これは中高生も含めてですが、食べ物・買った物、日常の何気ない様子を投稿する傾向です。インスタでも従来の趣味のサイトと同様に、例えば、写真趣味の方は自然や動物・建物・夜景といった写真を投稿しますが、あまり投稿者本人が写ったものは登場しません。しかし、若い女性の場合は、本人とその友人が写っている前提で、自分をPRする場所になっています。
そのため、女子において、自分の外見に自信、というより対外的アピールしたい人はインスタを活用して、自身の美貌や何らかの特技を見せます。
そして、その傾向から、若い女性に人気のある女優・モデルの多くがインスタに参入したのです。更に、現在では、インスタグラマーと呼ばれる、芸能人ではない方がインスタで有名になる例もあります。

しかし、基本的にSNSでというのはバーチャルの世界です。その世界で出来る事は自己アピールであって、それが「承認要求」とする意見もあります。そのため「本当に自分に自信のある女性はインスタをしない、使用しても自分の肖像を見せたり日常生活を投稿したりしない、彼氏がいても他人にそれを見せない」という事です。
上記の、インスタ等で美貌や特技を見せるという事から「芸能界デビューするにはSNSのフォロワー数が大事だ」という情報を、ある検索結果で見かけましたが、本当にそうなのか疑問があります。断言できないですが、フォロワー数だけでオーディションの指標にするものは大したものではないと私は思います。また、芸能事務所のオーディションにおいて、SNSを必須とするかどうかは事務所によりますが、私が知る限り、一流の事務所程、SNSは必須ではないです。但し、SNSをする事は悪い事でないので、オーディションの記載項目にはあります。なお、SNSそのものをしない芸能人も多くおられます。

インスタという場所は、音楽や演技等の才能が無くても、自身の美貌があればそれを視覚的にアピールできる場所です。インスタグラマーが流行した理由はそこにあります。
そして、プロの女優・モデルも、自身の美貌を魅力にしている、特にアイドル系だった方は、次第にグラビアの仕事が増え、出演作よりも、自身の美貌を見せる投稿が主になり、インスタグラマーと違いがなくなってます。

インスタでは、10~20代の女性が人気モデルと比較して「私は〇〇ちゃんのようになれない」と、自分の投稿で呟いているのをよく見かけます。また、先述の通り、購入物、特にブランド物を撮った写真を投稿する女性もまだ多いです。高級ホテルで食事をしている投稿、友達と楽しそうにパーティしている投稿、自分が勤務している会社が一流企業であればそこにいる事をアピールする….

これらは全て「承認要求」です。ネットが無い時代は、自分達の楽しみは「自分達だけで完結していたので、関係ない人に知れる事は無かった」ですが、現代はSNSがあるがために、自分達の楽しみを「外部に見せる事ができます」。
そのため、もし、高級ホテルで食事をしたくても出来ない人が、そういった投稿を観れば、あまり良い気分にならないのは自然な事だと思います。
また、高級でなくても、家族の仲睦まじい光景や、夫婦や恋人同士の楽しそうな写真を投稿する人もいます。この場合も、観る側が「それが実現していない」「今、何らかの悩みがあってしんどい」場合、人によっては不快に感じます
世の全ての人が、他人の幸せそうな光景を見て「応援したい、祝福する」それは確かに理想ですが、決して綺麗事ではないです。要は、観る側が「満たされているかどうか」です。

そして、現在では、それが一般の方だけでなく、一部の芸能人も上記のような投稿をしているので、批判される事があります。確かに、法律違反にならない内容なら何を投稿しようと自由ですが、しかし、少し、投稿内容を観る側になって配慮してほしいのは、芸能人を応援しているファンの中には、上記のように「高級ホテルで食事をしたくてもできない人」がいるかもしれないという事なのです。芸能人に対して「芸を披露するのが本筋」「内々で楽しんでる光景は投稿しないでほしい」という意見が出るのは、芸能人という存在が、ファンがいるから、スポンサーが多くのお金を出しているから成り立つ、ビジネスなので、無料でやっていない、周囲の支える人が働いてくれて成り立つ存在だから「なんでもありは通用しない」という声が出るのだと思います。
※参考・芸能界の一部でセレブ路線が流行している現象について

人は、精神が弱いと、自分が満たされていない程、他人の結果を観察して、妬み、羨み、不快感、怒りや排他的な感情が出て、自分の表情や外見、言動にまで悪影響を及ぼすようになり、周囲からの印象は悪くなります。
当サイトは「他人と比べてはいけない」をテーマにしています。世界が繋がれば、これまでにないビジネス、全ての人にチャンスは出来ますが、それはあくまで「自分の人生を生きる人」だからやってきます

BY Angel-Broadcasting

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