「大人は暗い・汚い」と子供が言ったら、どう答えるか

自分の楽しみではない事を考える・行動する時間ばかりになるから

仕事で責任の大きな立場になると、一日24時間のうち、仕事に対する時間の割合は増え、仕事に関する事を考える時間はもっと増えます。
自分の仕事だけでなく、上司や部下や取引先等、他人の事まで考えないといけなくなります。

子育てしている親は、子供を中心にした生活になります。そうなると、自分の時間は減ります。
結婚以前は自分の趣味が第一だった男性の話ですが、結婚し子供が生まれると、趣味よりも子供の方が大きな存在となり、趣味を一切やめて、仕事と子育てに専念しました。
子供という存在は「自分の唯一の分身」であり、実際に体験した者でないとわからない事です。それこそ「親子の愛」と言えます。

しかし、あるインフルエンサーは「親は子供の事なんて考えずに、自分の事をすればいい、本音は親は自分の事しか考えてないですから」と仰りますが、確かに、自分勝手な親、育児放棄した親ならそうかもしれないので、インフルエンサーの発言は参考になりません。
また、自分のやりたい事を生涯続けたい人、ずっと恋愛関係を続けていたい人も、家庭向きではないです。
子供を大事にしている、家庭向きな人は、夫であれ妻であれ、多少の課題があっても助け合えますが、自分の事しか考えられない人は無理です。

子供のいる親御さんが、もし表情が暗いと感じるのであれば、親子関係や仕事、お金、祖父母との関係等、何らかの悩みを抱えているのでしょう。

大人は、仕事を続ける、家庭を持つ人が人口の大多数になります。ですので、自分の好きな事をする、夢をかなえる為に時間を費やす事ができない、というよりそういう発想もない人が多くなるからです。

上下関係において、人に怒る・叱る事が増えるから

社員のような雇用形態だと、長くいると、自分が新人に教えるという指導的な立場になりますが、上の立場になると、下の者に対して注意叱責する機会ができます。
家庭でも、親になれば、子供に注意、怒ったりします。

ただ、日々、誰かに怒りすぎていると、次第に表情が硬くなり、眉間等に深くしわができるようになります。こうなると、怒っていないのに、怖い表情に見えます。
ネットで子供達が「おじさん・おばさんはどうして怖い・暗い顔しているの」という疑問を投げていましたが、そういう事なのです。

逆に、叱責される側ですが、これは子供の時にも体験するのであまり関係はないです。ただ、大人の場合は、収入や生活がかかっている仕事であり、直ぐに放棄する事が難しい場所で叱責されるのは大きなストレスです。

都会での満員電車も多大なストレスであり、その上に仕事・家庭内のストレスがあります。こういった大人達は、ストレスを発散するために飲酒、喫煙、余暇に旅行、消費活動をします。
しかし、それでも日常に戻るとストレスが蓄積する、その変わらない日々の繰り返しです。
そのため、ストレスは永続的にある、それが続くと外見的にも悪影響。やせ細ったり、肥満になったり、老け込んだりします。肌も弾力と艶やかさが無くなり、不健康な顔色になります。
いつも、険しい表情、こわばった表情で、しわが固定されると、怖い顔になります。
だから、大人達は「いつも下を向いて表情も暗い」と見えるのです。

素直に感じた事を表現しなくなる、笑顔が減るから

社会人になると、特に仕事の間はTPOを弁えた行動をしないといけなくなります。勿論、これは環境・時と場合により度合いは違いますが、個人が感じた事や思った事をそのまま言うと、その場の空気を読んでいない(KY)とされるからです。
例えば、会議中であれば、会議室に綺麗な花の写真が飾られてたので、それを見て「めっちゃ綺麗!」とは言えないですが、取引先に車で出向いた外出先の公園で見かけた花に対して「めっちゃ綺麗!」と独り言を言うのはOKです。但し、そこに上司や同僚がいて、大事な仕事の話をしている時ならKYになります。

しかし、思い出してほしいのですが、子供は授業中であろうと、登下校の時であろうと「思ったまま」言う人が多かったのではないでしょうか。勿論、厳しい学校であれば授業中に私語をするような児童・生徒に対しては厳格に注意したはずです。
これは、子供が「視覚・聴覚」等の五感で感じた事を、瞬間的に言葉にして放つ性質だからです。ただ、TPOの躾を受けてきた子供は「大人の暗黙のルール=時と場合により対処」を理解しているので、例えば、遠足等で、他の大勢の子供が騒いでいても、冷静沈着に黙っています。(何も言わないというのは、性格や、その状態が苦痛という場合もあります)

「感じた事をそのまま言う」ですが、実は中高年の方にも多いです。但し、子供と違うのは、TPOにより使い分けられている所です。※例外は除きます
ただ、私の率直な感想ですが、中高年の「そのまま言う」は、感動した事を表現するのではなく「愚痴や文句、下品な事を言う、偉そうな言い方をする」というのが多いような気がします。

言葉だけでなく、子供の時は「身体を動かして表現」したくなります。私が小学校高学年から中学生にかけてですが、格闘技ゲームが流行ました。そのせいか、男子の同級生は格闘技の必殺技の真似をする人が多く、校内や公園、道端等で、飛び上がったり、ハイキックしていました。
だからこそ、スポーツはともかく、ダンスをしたがるのも10代が、不良になって暴れる、喧嘩するのも10代が多いのです。
「20代後半になるとスタミナが尽きて喧嘩するエネルギーが前のように無い」と言う人がいます。これは、性欲も同様です。
そして、身体を動かして表現する、というのがいつしか「子供や若い子がする事」「大人がするのはみっともない」という世界観に飲まれていきます。

大人になっても子供の時と同じ身体表現を続ける人はどれだけいるでしょうか。
40歳、50歳でも、公園で、STREETFIGHTERの「昇龍拳!」、DRAGONBALLの「かめはめ波ああっ!」、映画「ハイキックガール」のヒロインの必殺技の真似をする大人はいるでしょうか。

笑顔にしてもそうです。TV番組やYouTube、映画や舞台を見て、心の底から笑ったのはいつでしょうか。私はしょちゅうです。
笑顔は「表情筋」を使います。芸能人達があまり顔が衰えないのはそのためです。
また、10代以前は、水分と肌の弾力・厚みがあり、なおかつ重力の弛みが無いので、笑顔でなくても、精神的に病んでいない限り、健康的に見えるのです。

高校以前の写真・卒業アルバムを見てみてください。きっと、当時の生徒達は笑顔が多いはずです。当時の自分がそうでなかったとしてもです。
そんな彼らは今も当時のように笑っているのでしょうか。

未来への果てしない希望より、残された時間で出来る事に意識「諦め」があるから

歳を重ねるという事は、仮に100年の寿命なら、50歳だと後50年ですが、元気に活動できるのは65歳までに設定すると、後15年しかない事になります。しかし、それが10歳だと、まだ55年もあります。
つまり、年齢が増えるごとに、残り年数のカウントダウンを始めてしまうのです。

中高校生の時、後何年生きるとか、何年働けるとか、考えた事があるでしょうか。
その頃に、23歳から65歳まで働いて、年金をいくら納めて、何歳から支給されていくら貰えるとか考えてたでしょうか。
それより「目の前の事」に挑戦したり、恋や友達と遊ぶ事、それが無くても自分のやりたい趣味等で一生懸命だったはずです。

しかし、人は歳を重ねると、自分の年齢を意識し始めます。そして、身体の変化や今後の見通しに不安感を抱くようになります。特に、現在の日本経済は、年功序列は崩壊しつつあり、年齢に関係なく経済格差が大きい、個人の能力が試されるので、業績が良い大手企業にいれば安泰ではないです。

残りをカウントする最大の理由は、何歳までにという限界を自分で決めるからです。※参考・「人生遅すぎる事はない」の本当の意味
そして、その65と言う数値も、これまでの一般常識に沿った数値です。常識を疑わず、これからの未来の「変化」を想像できない人が持ってしまう人生観です。

こうなると、未来に対して不安と諦めばかりになります。身体が衰退しているのを感じていればその対策をとる、いや、そうなる以前に対策すべきです。でないと、このまま衰退してしまうと「出来る事が限られていきます」。出来る事が限定されると、夢に向かって挑戦ができなくなります。身体と脳が若いからこそ、何でもできるのです。

興味・関心が、より大衆向け・人の欲望に関わるものに変わるから

もし、これを読んでおられる方が大人であれば、思い出してほしいのですが、小学生の頃と現在と、趣味、興味や関心は同じでしょうか。またはどこか関連性があるでしょうか。

統計を取ってはいないですが、恐らく、同じという人は少ないと思います。小学生の時、男子なら「コロコロ」、女子なら「ちゃお」を読んでいたなら、20・30代でもそれを買って読んでいる人は極めて少ないはずです。買わなくても、読みたいと思う人もです。
これは、玩具や、子供向けを想定した菓子類のおまけといった商品もです。
多くの人は、成長するにつれ、観ていく景色が変わっていきます。そして、求める価値も、手にしたいものも、変わります。

家庭環境によりますが、幼少期は「絵本」「童話」「図鑑」を読んだ方も多かったと思いますが、その子供もいつしか大人になり、そういったものは、特に母親になった女性は「親が子供に読み聞かせするもの」という捉え方になります。

現代は、大人のゲームYoutuberが多くいる事からわかるように、30・40代になっても子供の時にプレーしていた同じTVゲームを愛好する人が多くいますが、これは男性に多いです。実際、YouTuberの事務所所属者も、有名になった方も男性が多いと感じます。
また、仮面ライダー等の特撮ヒーローもののグッズを買い占めるのも、大人の男性が多いです。事実、大手玩具メーカーの売上を支えているのは、少子化の現代では、30代以上の大人なのです。ネットでは、趣味のブログにて、上記の玩具や菓子類のおまけ、プラモデル等を愛好する方も多く見受けます。

元来、子供向けを想定して作られたものは、害悪なものはありません。害悪というのは語弊がありますが「人間の欲望や社会の闇」を描いたものです。成長する過程において、そういう情報が入ると、歪んだ心になってしまうから害悪なのでしょう。

その逆で、人によっては「最初から現実面をとことん教えるべきだ」等と言う人もいます。特にインフルエンサーと呼ばれる方々です。
そして、そのインフルエンサーと似たような事を発信するのが、大衆向け雑誌やスポーツ新聞です。

スポーツ新聞は年々、発行部数が減少しているとは言え、まだ、大手はどの新聞も廃刊はしていません。※2024年現在
その理由は、購読者が一定数存在している事です。スポーツ新聞は全国のコンビニや駅の売店等で販売されていているので、見かけた事がない人がいない位、需要があるという事になります。
内容は、スポーツだけでなく、芸能、競馬等の賭け事、パチンコ、そして水商売・風俗やセクシー女優、裏社会といった情報を掲載しています。これは私の見解ですが、芸能面に載る芸能人はタレント系、特に女性アイドルが多く、女優に関してはグラビア系の方が載る比率が高いです。また、紙面中に、求人広告、金券、宝くじといった枠があります。

これは、購読者が圧倒的に男性が多いの想定しているからです。そのため、比率的に芸能人は男性よりも若い女性を宣伝も兼ねて載せます。そして、購読者の年齢層も若年よりは中高年向けとしています。これは、昭和の時は若い人も読んでいたのですが、新聞社のスタッフの平均年齢が高くなっている事、若年者にこういった新聞は「古い媒体」「おじさんが読む」というイメージが出来たからです。
また、求人広告は割合的に男性が従事している職業が多く、宝くじのコーナーがあるのは、購入者の多くが男性が多い、特に会社員の方が多い事が理由です。なお、誤解があってはならないので述べますが、スポーツ新聞が悪いと言う事ではないです。
小学生以前から、スポーツ新聞を読む子供は少ないはずです。掲載される内容の一部が、子供が見ても楽しめない内容だからです。

スポーツ新聞に限らず、ゴシップ系週刊誌も同様ですが、このような媒体に載る内容は、総括して言えば、性・風俗・ギャンブル・他人の揉め事や男女関係・他人や組織の裏事情・他人の資産や収入に関する事・事件の加害者や被害者の事・マイノリティや社会的弱者の事・介護・教育問題といじめ・格差と今後の日本社会の不安感を煽る記事・占いや宗教…といったものです。

また、男性向け雑誌では、年に一度、ミスコンを開催する所もあります。ミスコンは水着審査であり、応募者の殆どがグラビアモデルです。

つまり「男性の性欲を対象にしたもの」「リアル社会の裏や闇」といった部分を載せています。※それが悪いというのでないです。

子供の時から、こういった内容ばかり読んでいると、心が歪んだ大人になる可能性があります。当然、世界は綺麗事では無く、社会には闇もあり、性欲は子孫を残すための本能ですから、それを子供の内から「客観的事実」として知っていても構わないでしょう。
しかし、不思議なのは、ある程度の年齢になると、上記のような情報を「知りたがる」「興味を持つ」人が増えるのです。小学生の時は関心も無かった領域に入っていくのは何故なのでしょう。

それは、これは男性に限ってですが、男性はまず、先述のように性欲がある事が理由です。性欲が女性より強いので、その種の映像をネット・雑誌で観たりするのは自然な事です。ただ、それが強度だと、風俗通いを続ける、ナンパを続ける、男女関係に軽くなる、盗撮やストーカ―等の犯罪に及んでしまいます。

なお、先述の「テストステロン」は強いと、性欲が強いという情報はネットでも散見されます。また、日本人に比して、アメリカ人は「テストステロン」は男女共に強度であろうと想定されます。その理由に、コーカソイド・ネグロイドの方は、外見は筋肉質で大柄な体躯な人が多い、性格面は活動的でアグレッシブな人が多い事が挙げられます。
日本人男性は世界的に見ても「テストステロン」は少ないでしょう。平和な国であり、治安もよく、男性が身体的に強化する必要がないです。そのため「筋トレブーム」とは言え、全人口では筋肉質な男性は僅かです。
また、身体的露出に対してもファッションという人が日本人よりも多いです。負の面は凶悪な犯罪や性犯罪が多い事です。
日本では、殆どの子供は、露出は「みっともない」と親から言われているでしょうし、筋トレも絶対必要なものではないので、子供が身体美の為に筋肉質になりたがるのであれば、親が、その業界か、アスリートや芸能人といった、少数派の家庭環境です。

もう一つ、ギャンブルやパチンコといったものは、家庭環境や周囲の環境が大きいです。父親や兄弟がしているとそれが普通になる、また、未成年時から飲酒・喫煙・賭け事をする人は、親がそういったものを薦めるか、外部で出会った人の影響です。

また、学生時代か社会人になり、上記のものをするようになるのは、同じ大学の仲間や、職場の人達に染まるからです。これは、自分の意志が無いと、飲み会に誘われると何も考えずについて行くのと同じです。また、歓楽街は、誘惑に弱い人は、お酒であれ、キャバクラや風俗等であれ、はまってしまいます。
そして、子供の頃は「こんな大人になりたくなかった」と言ってても、節度が無い、自己管理が出来ないと、路上で泥酔して倒れている、なんて事になるのです。

女性は早く大人になりたい傾向が強い

これは「大人は暗い・汚い」とは違い、大人になる事に対してポジティブな意味合いです。
女子は「早く大人になりたい」傾向があるので、殆どの女子は「お子様」から卒業します。そして、ティーンから大人になれば「中高生にあった夢の国」忘れてしまいます。

ある若手女優さんが中学生当時「思春期の男子は興味がない」と仰り、周囲の方から「大人っぽい」と言われていましたが、女子には、既に小学生位からそういう方が多いです。

更に「結婚」というものが人生の目標の一つとして見え始め、ある程度の年齢になっても独身だと「何歳までに」という焦りが出てきますが、これは同年代の他人と比較したり、親が結婚に対して重要視しているからです。

この原因は、女性は男性とは違い、更年期までに結婚できないと出産できないという身体的理由です。そもそも、女性は男性と結婚して子供を産むのが役割なのかどうかです。勿論、人類の存続にはそれが必要ですが、個人の生き方は束縛できません。
また、日本人女性は、欧米に比して、男性の経済力に頼る傾向があるのは、女性が活躍できる領域が限られている社会に問題があります。そのため、女性は「結婚願望」が強い人が多くなります。そして少子化なので、そういう女性は歓迎されるのです。そのため、メディアでは芸能人を使って、結婚・子育てをPRします。(芸能人の場合は結婚願望が無くても、台本で「ある」と言っている場合があります)

男子に比べ、女子は精神的に自立しやすいです。そして、世の職業のうち、女性の方が適性である職業が数的には多いです。
但し、実際の日本社会は未だに男性優位が強いので、女性が目立って活躍できる業界は偏りがあります。また、経営者や政治家ではなく、雇われる形態での活躍です。
女子は、大人になる事にあまりネガティブに捉えない傾向があります。OLに対しても「キャリアウーマン」に憧れる女子は現代でもいます。仕事が出来る女性がカッコいいというファッション的な感覚もあるからです。
しかし、男子は会社員は「大変そうだ」のネガティブなイメージが先行します。ですので、子供から「大人は暗い、つまらない」と言われたら、女性の方がポジティブな回答をするかもしれません。
但し、これも個人の体験によって違います。女子でも、ハラスメントに遭えば「大人は汚い」と思うかもしれません。

「自分を守るために」綺麗事を捨て、実利的な思考になるから

「アイドルは異性ファンの事を第一に思うから、交際しない、男女関係を持たない」というのは理想で、ファンにすれば信じたいですが、事務所の契約を破って、二岐交際していた女優がおられます。
「夢を与える職業は、綺麗な心なので、悪事に手を染めない」というイメージがあっても、薬物で捕まったミュージシャンもいます。
「あの人は生真面目だから、絶対に盗撮しない」というイメージをがあっても、女子高校生を盗撮して捕まった教師もいます。
「この会社は理想に向かい、社員一丸となっている。人間性の高い人を採用しているから、ハラスメントなんてない」というイメージがあっても、労働問題が報道されました。

「人間の本質が悪で欲まみれ」と子供の時から教えられていると「覆される」事にはならないのですが、世の多くの人は、幼少期から「人間の暗部と社会の闇」は教えられていない、またはなんとなく感じていても「そうではない」と信じる事が「青少年の健全なあり方」だからです。
しかし、中高生の頃から、人間の本質や社会の暗部を知り始めた人は、次第に、幼い時にあった思考から抜け出し、まだ「綺麗事を言う」生徒との間で差がでてきます。
部活動や成績、受験・進学等で、世の中が「競争社会」である事に気が付き始めます。

更に、社会に出て、お金が必要になる、競争の中に入る、欲が強い人と出会う、そうなっていくと、綺麗事では世の中では渡り歩けない、少々、計算高く、口も上手く、コミュニケーション能力もあり、外見や能力、コネクションといったものが有利になる、という事を知り始めます。
「いじめは良くない」と子供の時に教えれても、実際、大人の世界でも「いじめ」はあり「いじめはなくならないから、自己防衛するしかない」という本まで売られています。

当サイトでも「生真面目にサイトを作ってはいけない」と言うのは、集客にならないからです。つまり、人間性を疑うような倫理的に卑怯な方法は取ってはならないが、ある程度「世渡り上手」でないと「競争」「商売」はできないです。
その「世渡り上手」というのが、臨機応変に取るべき言動を変える、人間性は持つが、他人の言う事に流され過ぎない、相手の都合に対して従順になってはならない、自分のと他人の利益両方を考える、という事です。

人は優しい人ばかりではないので、あまりに綺麗事を持ちすぎると、いいように相手に利用されてしまう事があります。
子供の時に「皆、よいこになろう」と教えられても、実際「よい子」から離れる人の方が多い、というより、殆ど「悪い子」になります。ここでいう「悪い子」とは悪事や犯罪ではなく「自分の願望や欲求を叶えるなら、人は善人ばかりではないから、賢く生きる」という事です。

この「賢く生きる」が、まだ無垢な子供達には「汚く」見えるかもしれません。
現代、情報化社会で「世の中は綺麗なもの」と信じる子供達は減ったと思いますが、そういう子供から見れば、大人達は「欲まみれで汚いんだな」と思うでしょう。

※参考「若さ特有の魅力か、成熟した大人の魅力か

BY Angel-Broadcasting

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