最も悩んではいけない事は自分の力で変えられない事

人は、自分に力がない程、他人や社会に「こうなってほしい」と願う

賢い人は「他人を変えるのは労力がいるので、自分が変わる事しか考えない」と言う話を聞いた事があります。
例えば、自分のいる環境にどうしても嫌な人がいれば、その人を変えるのは難しいので、自分から離れる、という事です。自分の行動で解決しようとする姿勢です。

しかし、これは非常に難しい事です。仕事の場合、生活があれば、急に辞める事はできないですし、嫌な人と一緒に作業しなければならないなら、短期間であっても逃れようがありません。
また、恋人の性格に難があるが、どうしても恋人が好きであれば、その人の性格を変えようとします。
取引先の相手が、遅刻するような人であれば、遅刻なんてもってのほかと言いますし、自分の方に何の落ち度もなければ、相手に変わってほしい、変えようとするのは自然な感情です。

政治に対してもそうで、今の政権を批判して、野党の立候補者に投票するという行動ですが、自分一人だけが投票するだけでは、政権は変わらないです。
政治や法律、社会の仕組みが変わってほしいなら、参政権や選挙権を利用して、政治を変えようとするのも、他人を変えるのと同じになります。

ですから「他人は変えられないから、自分が変わるしかない」人は、革命家にはいなかったはずです。私はこういう人は「賢い」ではなく「悟り諦めている」人と捉えてます。

理想の実現というものが、自分自身の事であれば、努力次第で叶う事もありますが、それが他人・組織・業界・社会・政治といったものになると、多くの多種多様な考えの人間がいるので、仕組みを変えるというのは、一人の力では到底無理だから、同じような理念を持った人が集まり、徒党を組むのです。それでも、派閥争いが出来て、変えるのは容易な事ではないです。

「こうなってほしい」と言うのは個人的な感情です。芸能人で例えると、Aさんがある芸能人を昔から嫌っていて、その芸能人に「早く表舞台から消えてほしい」と願っているとします。
しかし、芸能人は売れっ子になり、どんどん有名に、社会的評価が上がっていきます。
そうなると、Aさんは、その芸能人の功績とか人間性、何故人気があるのかを知ろうとしないので、嫌いと言う感情のままなので「面白くない」となります。
Aさんにとっては「消えてほしい」と願っていたので、その真逆になるのは到底受け入れがたい事です。
こうなると、TVは観たくなくないかもしれませんし、YouTubeの広告に出て来るなら、有料サービスに加入したり、YouTube自体見なくなるかもしれません。
但し、芸能人の場合は、直接、接する事がないので「最初から知らなかった」にしてしまうのも得策です。
※参考会った事もない人を「嫌う」本当の理由」「自分の好きな人や領域に、嫌いな人が関わる場合の対処法」

こういう例もあります。Bさんの小学生の時に、Bさんをいじめていた同級生が、20年後に事業で成功したという情報を知ったとします。その同級生はその後、いじめるような事はなく、性格も変わり、人間的に成長したのですが、Bさんはその過程は知りません。
こうなると、Bさんにとっては、大手企業のトップであろうと「嫌いだった同級生」のイメージしかないので、現在に至るまでの出来事や現在のリアルな姿を知らないと「面白くない」となります。

自分のかつて嫌っていた人が、知人であれ、有名人であれ、出世したり、情報網によって目立つと、嫌な気分になる事が多いですが、この理由は「自分が昔と何も変わっていない」からではないかと思います。

自分が変わるには、努力が要ります。努力は、実現したい目標によっては、ハードルが高い、多大な労力・時間・お金を費やすかもしれません。
だから、殆どの人は自分を変える努力はせず、または諦める、競争に参加しない、という道を選びます。
しかし、伝わる情報網によって、自分が嫌っていた人の活躍をどうしても目にします。

家庭環境もそうで、親が子供に「こうなってほしい」と願ってもそうならない事が多く、逆に子供が「親ガチャ」と言って、家庭環境や遺伝のせいにする事もあります。
親も子供も、自分の立場で考えます。親が描く「子供の理想像」は「子供が望んでいる理想の姿」と違うほど、対立します。親が「どんな職業でも、多くの人から評価される人間性を持った人になってほしい」と願っても、子供が「僕はHIPHOPでやりたい事を仕事にするのが理想で、人間関係は自分を理解してくれる仲間だけでいいから、多くから評価される人になりたいとは思わない」だと、乖離があります。これは、親と子で一番重視する「価値」が異なるからです。

国民生活に直結する政治については、よく考え、批判も必要で、変えようとするのは寧ろ権利で、民主国家として正常な事です。一人の投票で変わらなくても、集団になれば、変えられる可能性が出てきます。一人の力ではどうにもならない社会ですが、投票する、立候補するのは「努力・行動」です。
何もせずに、政権を批判したり、自分の生活状況が政権のせいと言うのは「他人のせいにしている」です。そういう人達は「誰かが変える」という人任せ思考です。

他人・世の中にこうなってほしい、変わってほしい、と願うだけでは変えられないです。だから自分が変わる行動・努力はする。そして、どうしても他人を変えたいのであれば、それが自分勝手な理由でないかどうかです。自分がその人がいるために嫌な思いをしているなら、変えられるかです。

他人に変わってほしい、でもそれが無理なら、自分から離れるしかない、嫌いな人がTVに出ているなら、観ないようにする、情報網から離れる。
しかし「他人を制御」しようとする感情が強度だと、他人を変えようとする行動を続け、変わらない事でストレスになっていきます。これは、「自己愛性」の特徴に当てはまると悪なのか?で解説しています。

これは親子や友人、恋人、学校や職場といった人間関係において、とても大事な事です。


BY Angel-Broadcasting

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