自分の発言に対して「お前は何を言ってるんだ?」の返答について

立場上、自分より上の人が言った場合は「お前の事を思って」ではないだろうか

「お前は何を言ってるんだ?」
親・先輩・上司といった目上の立場の人からそう言われた事はないでしょうか。特に男子の場合はです。

ある方は「この言葉は脅しのようだ」と仰ってました。ただ、多くの親・先輩・上司が、いじめ・脅しのつもりで言うでしょうか。勿論、例外は除きます。

まず、昔の日本人は、祖父母と三世代で同居する家庭環境が多かったです。また、祖父や父親の権威が強く、一人っ子が少ない、兄弟姉妹が多い家庭が殆どでした。
そのため、多少の家庭環境によりますが、子供や孫は、祖父母や父親の言う発言に絶対視していて、それを「厳しい親」と呼んでいましたが、言い換えれば「厳しくしつける」=「子供や孫を束縛する」「親の希望通りに育てる」という事になります。

また、男親のいる家庭なら、息子に対しては大概「お前」と呼んでいたと思いますし、自分が弟で兄がいれば兄からも呼ばれていたでしょう。
更に、家庭環境によれば「こいつ」「貴様」と呼ばれていたはずです。しかし、他の家庭では、そういう言葉は汚い、暴力的だ、となるでしょう。

※参考・私が「苦手」だった人達母子家庭で育った人は、父親がいた人とどう違うのか

社会、特に職場において、言葉遣いによって傷つく人がいる、人間関係のトラブルが生じるのは、こういった言葉や上下関係における感覚が違う人同士が集まっているからです。
そのため、上品な言葉を使う人が多い環境では、乱暴な言葉は嫌煙され、そうでない環境ではそういった人が集まり、そこで、上品な言葉の人は、乱暴な言葉や態度に嫌悪感があるので、馴染めないです。
そして父親や長兄等の強制力があった家庭環境、学校での厳しい部活動での上下関係を経験してきた人は、束縛に慣れています。

「束縛」という表現は語弊がありますが、親が倫理的に高く、「躾」とは身を美しくするとも書くように、躾に厳しいのは、子供に人間性を養ってほしいための厳しさと言えます。

しかし、経済成長以降、自由奔放な欧米文化、マスメディアによる大衆文化が入り込み、個々の価値観の多様化により、日本人の子供は悪く言えば自由すぎて甘やかされてしまいました。
そして、一部の子供達は、旧来の教育は「時代に合わないものとして束縛」、大人になってからは「好きな事でなければ働く事も束縛」と受け取るようになり、お金さえあれば「自由に好きな事をできる」考えに行きつきました。

そのため、そういった環境で育った子供は、社会に出て、上下関係において、業務において注意叱責を受けると不快になる人が特に若年者に増えました。叱られると言う事、厳しくしつけられる事に慣れていないというより、そのものを否定する考え方も持っているからです。

叱られる事、特に「お前のためを思って言っている」とか「お前は何を言ってるんだ=お前の考えは通用しないぞ、違うだろ」という言葉は、彼らにとっては通用しない、束縛と強制、人をコントロールするような受け取り方をします

私もそうですが、叱られる事の経験が少ない、そして厳しい親や師匠に束縛され、しつけられていない場合、子供は「子供の時の自由を維持する事」を大人になっても最大限主張します。

そして、自由とは、上下関係や仕事での束縛がない、叱られない、不快な事を言われない環境に身を置くという事を意味し、それには「お金」が必要で、それさえあれば、親と不仲でも別に住める、お金があれば嫌な仕事もせずに、付き合いたい人だけ接して、好きな事だけ時間を費やす事ができ、好きな場所・環境にいける、というものです。

親や先生、上司たちは「お前のためを思って」と言いますが、近年、ネット上でその類の情報を見ますと、殆どのサイトで「それは相手に対して優位になって、コントロールしたいからだ」という意見が目立ちます。

しかし、親子関係はかなり特別で、特に親の場合、子供への愛情が強すぎ、子供が外に出ずに自宅=親への依存度が高くなると、子供は親離れ、親も子離れできない状況を強めます。特に、母子関係の場合です。
そして、子供の方が親を何らかのきっかけで嫌ったり、離れたくなると、徐々に関係は悪化していき、子供は親の意見を聞かなくなり反論するので「子供のためを思って言っている」と親は言うに至ります。その時期も、10代の反抗期ではなく、成人後に親と不仲になってしまう例は、子供が経済的に自立できていないだけに、互いの衝突は強くなります。

この場合、親が子供をコントロールしていると主張をしても、親はかえって怒るでしょう。
しかし、子供が親の意見が束縛と捉えている限り、それはコントロールでしかないのです。

「お前は何を言ってるんだ?」ですが、これは、子供や目下の考えを否定し、変えるような要求です。ただ、旧世代の人達は、この言葉は親や上司から「普通に言われてきた悪意のない言葉」なので、子供にも言ってしまいます
これは「お前」と、上司等の他人の目上の者から言われる事に、違和感・嫌悪感を持つ人が増えている事もそうです。日本語は複雑で「お前」も「あなた」も同じ感じ方ができない、英語のようにYOUで済まされないのは厄介です。

なお、韓国では、現在でも年長者や目上の人が言う事は、全てではないですが、強い効力を持つ、下の者は「言う事は聞くべき」という意識が残っているので、目上の人が人間性に問題があっても、下の者がNOと批判できない空気感があります。これは、日本と比べた上での話です。
近年の日本では、自由・個人主義が強く、組織に従属する事を好まない若者が増えてきてます。その変化の中、日本では、パワハラ問題のように、上の者に対して「悪い事は悪い」と反論するようになりました。
韓国で、厳しく躾られる男子が多いのは、儒教だけでなく、北朝鮮との分断による休戦状態、日本以上に厳しい学歴・競争と階級社会が影響しています。甘やかされすぎるのも自己中心的な子供を増やしますが、厳しく躾すぎても、親や上司に反論もできない従順な子供を増やしてしまいます。
儒教では「年長者は、現世を生き抜いてきた先輩であり、その人の富の大きさや地位に関わらず、年少者は敬まわないといけない」となります。勿論、これは理想的であり、特に自分の親や祖父母、先生を敬う、大事にするという姿勢は素晴らしいと思います。しかし、親や先生が子供や弟子に暴言や暴力をふるう、尊敬に値しない行動をしていても「敬わなければならない」では本末転倒です。
尊敬に値する親や上司は、人間性も尊敬に値するから敬われるのであり、欧米のように、子供や目下の者も客観的に、上に対して評価できない限り、善き上下関係は築けません。

韓国ではあり得ない事ですが、日本では「親ガチャ」という語句がネットから現れ、国内外で話題となりましたが、芸能人やアスリートの中には「親ガチャ」という語句が、親に対して侮辱するような語句に感じられるので、SNSにて、不快に感じると批判コメントをされた方もおられます。また「毒親」「老害」という言葉に対しても、不快感を感じた有名人はおられます。
この「ガチャ」というのが、本当に家庭環境が劣悪で苦しんでいる子達が発信しているのか、それとも「努力もしないで親や環境のせいにしている」若者が発信しているのか、最初の出所は不明ですが、先述のように、本当に苦しんでいる子達は救っていかなければならないので「親ガチャ」の意味が「恵まれない家庭環境に生まれた」という意味なのか、明確にしなければならないです。また、親からの遺伝という意味であれば、外見や体質の事も指しますし、先天性の障がいで生まれた場合もそれに該当してしまいます。とにかく「ガチャ」という言葉は軽薄すぎて、不真面目だと思います

個人の人生観・夢・好みに対しての場合は、関係性が何であろうと「その人への否定」になる

一番多い例が「子供の進路や夢」や「子供の持つ世界観や社会への見方」に対しての否定です。
そして「そんなに甘くない」「お前の考えは通用しない」「そういう事を言うと、馬鹿にされるぞ」と続きます。これは、常識を疑わない、現状に諦めを受け止めるという、典型的な日本人親世代の思考です。

つまり、親世代が言われてきた事やされてきた事が、しつけや教育として当たり前という概念が支配している限り、子供世代は束縛としてしか受け取りません。
また、物の言い方や表現も、昔なら通用していたものが、今では「ハラスメント」になる可能性もあります

子供が夢に目覚め、自分の人生において賭けたい、本気で取り組みたいものが見つかったら、それを見守るのが親としての役目だと思います。しかし、親の立場とすれば、それで生計を立てられるか不安でしょうがない方が先に来ます。
「親の立場として」これは子供には絶対に言ってはいけない言葉です。子供は親ではないです。
子供が「家庭・親」以上に「夢・やりたい事」の比重が大きくなると、次第に、子供は親とは会話を徐々に減らしていきますが、それは「見ていく景色」「大切にしたいもの」が親とは違っていくからです。そうなれば、親は子供を見守る事しかできない、コントロールしてはいけないのです。

見知らぬ他人から言われた場合は、単なる否定や羨みが原因

Yahoo!知恵袋で、歌手を目指すと自称される方が「夢を否定したがる人は、大抵、会社員に多い。会社員をやっている人はそれで幸せなのか。」と質問していました。
質問に対して「会社員だが、家も買い、結婚し、子供もいて、幸せです。そして、貴方の夢も否定しません。」という回答があった一方、「お前(質問者)は何を言ってる、いい歳して夢を追ってるなんて、現実を見ろ」という回答、更に「会社員全員が決して社畜とか思っていない、ネットの一部の方の発信だけ見ていると、偏った社会観を持つだろう。会社員は嫌々している人ばかりでない。」という回答もありました。

質問者はまず「会社員は幸せではない」という人生観です。その理由は、その人が歌手になる、つまり芸能人、表現者になる事に自分の存在価値を持っているので、組織の一員としている自分は「自分らしさではない」ので、会社員は幸せではないと考えています。つまり「自分主体」の考え方です。
そして、自分の人生観・幸福感をネットに発信すると、それとは違う人生観・幸福感を持った人からは「反論」される場合が多いです。
要するに、質問側も回答側も「自分主体」で物事を話すので、互いの違いを認め合わないと「お前は何を言ってるんだ」と相手の発言に対して否定してしまいます。

誰かの夢に対して、他人から「お前は何を言ってるんだ」場合は、大概が「羨み」から来ています。これは、ネットだけでなく、リアル世界でも言われる事がありますが、その原因は完全に言う側にあるのです。人の夢に対しては「応援する」「見守る」「悔しいなら、自分も頑張る」そういうココロは持ちたいものです。


By Angel-Broadcasting

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