メディアはできるだけ多くの人が注目する事を意図して発信してくる

TVが信用できないから、ネットという考えは危うい

ネット検索で、テレビ報道の信憑性について調べると、多くの人が「テレビは自分達の都合の悪い事は報道しない」「忖度・SONTAKUで出来ているので公平でない」と語ります。
そして、一部のサイト発信者は、テレビ業界そのものを悪のように語り「テレビは国民への洗脳装置」「馬鹿な番組を観ていると馬鹿になる」という発言すら見受けます。
しかし、それは一部のテレビ番組の性質を観た上での発言であり、昔と変わらずに教養的な番組も存在していて、地上波よりも有料の番組は、文化的であり、宣伝色が薄いので質が高いと感じます。

確かに、テレビというのは、受け身のメディアで「自分から選択して情報を手に入れる」能動的な事はできません

また、忖度についてですが、それらは何もテレビ業界だけでなく、それぞれの業界において何らかの忖度というものは有ります。
「都合の悪い事実」ですが、報道する事で社会的混乱を招く、関係者に損害を与えかねないという事情はあります。
事実を伝えない、という事が悪い事と言う人が多いのは、その何らかの事実が倫理的に良くない、そのために苦しんでいる人達がいるので、隠蔽そのものが悪とされるからです。

もう、何の事を話しているか、多くの方は気づいておられると思いますが、ここでは過去に報道された特定の時事問題は扱いません。

ここでは、実際の出来事ではなく「テレビは信じられないから、ネットの方が良い」という考え方をする人に対して「その考えは辞めるべき」という話をしています。

ネットは既存メディアと対峙しているわけではない

「テレビや新聞等の既存メディアでは言えないような事も、ネットは自由な場所なので包み隠さず事実を公表できる」と言う方がいます。
確かに、テレビ局とは違う、ネット系の配信系番組において、暴露系の番組だと、テレビでは発言不可能な事を出演者は話してますし、そもそも、テレビではそれらと同様の企画自体が無理です。
テレビ、特に東京発の番組はスポンサーが有名企業が多く、ネット番組よりも大きなお金が動いていて、それに従事するスタッフの数も違います。また、テレビは国からの免許事業であり、ネットのように参入が簡単ではありません。そのため、公平・公正性が問われる、公共の電波を使う以上、子供から高齢者まで誰が観ても違和感のないものを放送しないとならないので、コンプライアンスが厳しいのです。

このコンプライアンスを違う意味で解釈して「都合の悪い事を隠す」と一部のネット発信者は捉えているように感じます。報道の放送・取材は、現在でもテレビ局が主体であり、ネット番組事業者独自で報道チームは造れない、テレビ等の既存メディアからの情報を伝えています。だから、そういう意味で「信頼度」はテレビ局の方が高い、ネット経由は全てそれらの二次情報以降ということになります。

但し、それでも所謂「裏事情」はテレビで放送されませんから、そういった領域に関してだけは「信頼できない」と捉えてよいのかもしれませんが、多くの視聴者にとって、直接生活に関係のない業界の裏事情はどうでもいい話です。

ネットというのは、不特定多数の者が参入できる場所です。一個人もあれば、大手企業だってあります。
つまり、ネットがAで、既存メディアがBという答えはあり得ません。
ネットは単一の思想や立場の個人や組織の発表ではないです。
ある会社さんは「ネットの発信を信じてしまう人が多い」という文言を公式サイトに載せていましたが、ネットの発言は一人の人間が発しているのではないので、この説明は正確には間違っています。

戻りますが、昔のネット世界は、Google検索等でヒットするサイトは圧倒的に個人サイト、特に個人的趣味や広告収入抜きの純粋なサイトが多かったですが、ネット普及率が高まると、大小問わずに営利企業が参入してきて、検索結果の上位は営利企業が占めるようになってきました。
そして、検索内容によっては、殆ど、有力なWeb通信社、雑誌・新聞系のWeb版ばかりヒットするようになりました。

つまり、テレビが信頼できないからという理由で、何らかの事情についてネットで調べても、大手メディアの発信するサイトは勿論、それに混じって雑誌社や新聞系の通信社のサイトがヒットし、無意識のうちにそれを閲覧している可能性は高いです。
また、大手メディアはネットに早くから参入していて、例えば、Yahoo!ニュースは2000年から存在しています。
ネット系のメディアが先行していましたが、新聞・雑誌系が後からネットに参入してきた理由は、本業である新聞や雑誌がネットの普及により売れなくなり、Web記事において広告収入を得ないといけなくなったからです。

ここで気を付けたいのは、2010年代以降、特に雑誌・新聞系のメディアは「少しでも閲覧者を増やす」ために多少、手段を選ばなくなってきているという事です。
どういう事かと言うと「こういうキーワードで検索してきて、こういった記事を読むだろう」を想定して、皆が読みそうな記事を作成しています。
多くの人が「気にしている事」「不安に思っている事」を作っているのです。

つまり「社会問題や芸能ゴシップを扱う大衆向け週刊誌」と同じ手法なのです。

ネットの検索結果で、サイトの運営・発信者が一体何なのか把握できている人は案外少ないように思います。大事なのは、発信者が何者なのかです。
大手メディアは、多くの人が注目するであろう記事を載せますから、そこに辿り着く検索においても、閲覧者がどのような言葉を想像して入力するか想定しています。
多くの人が共通して持っている悩みや、注目している時事、芸能等は、大手メディアにとっては最も稼げる情報です。

その証拠に、人生や職場、人間関係、お金の悩み系で検索すると、興味深い程に、有名なサイト、インフルエンサーの発言が出ます

個人サイトであろうと、大手メディアであろうと、それぞれの立場で情報発信する!

私も当サイトで発言している事は、客観性があるとは言い難く、独自の考えが強く出ていると思っています。というより、それを強みにしているのです。

ネットは個々の個性による発信の「ディストピア」です。混沌とした場所です。
PCやスマホの前の閲覧者は、大抵は一人ですが、相手は何十億という発信です。
閲覧者とは違う価値観、正義を持った発信もあります。
例えば、不倫について「許せない」と自分が思っていても、それを「肯定」するサイト発信者もいます。
だから、メンタルの弱い人は、自分と違う考えを持っている相手に対しては、気分が悪くなったり「それは違うぞ」と反論します。

これは、自分と違う異質なものを受け入れられないという拒否反応からですが、実は悪い事ではなくごく自然な事で、私にもあります。

しかし、ネット世界は共産主義ではなく、言論の統制下にはないので、自由です。
だから、自分と異質なものだらけですし、特定の方に対する誹謗中傷の問題が起こります。

社会というのは、大人の人間関係、特に仕事の関係においては「本音と建前」で付き合っています。※一部でそれができない方はおられます。
しかし、ネットは「本音」を語れるので、人間の本質が見え隠れします。

また、言論や思想、正義といったものだけでなく、発信者の正体がわからないものが多いです。
勿論、発信者は、生まれた国や地域・時期や年齢、国籍や人種、家庭環境、容姿や身体、才能や能力、周囲に取り巻く人達といった環境、職業、学歴…皆違います。

例えば、元ボクサーの方のブログを私は楽しみに拝見しているのですが、その方はよく旅行に「ラスベガス」に行かれ、現地の方と交友関係があり、アメリカのミュージシャンのファンでもあります。

私がもう一つ楽しみに観ているサイトは、日本国内のある地方の会社員の方のブログで、通信施設や鉄塔に関する趣味を発信されています。

このお二方は、経験してきた人生は全く違います。そして、周囲に接する人達も違いすぎます。
ネットには、水商売の経営者や、元俳優だった方の発信もあります。

近年、主婦や会社員が広告収入を得ようとブログを開設したり、Youtubeに参入していますが、そういった人達はプロフィールを見る限り、概ね、似たような人生経緯です。

しかし、イレギュラーな、多数派ではない人生経験をされた方や、少数派の職業をされている方もブログやYoutubeに参入されてます。
ネットというのは、多数派の職業の方が中々めぐりえないような、少数派の職業の方の体験談や事情を知る事ができます。

ネット発信者の中には、芸能界に関わっていた方は勿論、過去に差別を受けていた民族の方もおられるでしょうし、何らかの障がいをお持ちの方、LGBTの方や、無職の方、引きこもりの方だっておられます。
その正体は明かさなくても、可能性は大いにあります。
そして、ネットで相当稼いでいる人達の多くは、IT関係のプロ、かなり昔からネットに精通しているか、理数系の方が多いです。

だから、そうでない所謂「日本人多数が持つ価値観・人生観」の人達にとっては、ネットの多種多様な人達の「個性」には挑むべくもない、参入しても、会社員や主婦が「副業ブログでお小遣い程度にお金を稼ぐ」位しかしません。

こういった多種多様というのは、それぞれの「立場」正確には、経験してきた人生や生い立ち、今置かれている環境に基づいて「発言」します。

想像が難しいかもしれませんが、大統領や大手企業の社長には彼らなりの悩みが、考えがあります。
有名俳優やトップアスリートには彼らなりの悩み、考えがあり、それに基づいて発言しますし、芸能人は、演技の場でない場合、メディアを通じてでないと話せない立場であり、ほぼ台本を話していて、本音を話せない事も多いです。

更に、営利企業の場合、商品の売上に繋がる工作をしていますが、それは当然の事です。
例えば、ファッション雑誌というのは、その全てが宣伝・広告です。衣装の広告だけでなく、モデルそのものも芸能人であり、彼女らが新人であれば宣伝PRの場にもなります。

メディア系や、個人で広告収入を得るのが目的のサイトは、お金を稼ぐというのが最大の目的なので、内容の質よりも、集客が第一になります。

Youtuberは、好きな事を発信していますが、稼いでいる人達は「集客」の工作に徹しています。
日本のYoutuber参入者の一部の動画のサムネイル画像は、人の目を引くような過激なタイトルや画像を使っています。動画の場合、内容が良くても、再生して観てくれないと意味がないので、サムネイル画像は記憶に残るような工作をします。

これは、以前、電車の中吊り広告でも議論されていた、週刊誌の過激な見出しと似た手法です。
週刊誌は広告に、有名人の男女関係・お金・裏事情に関する噂、社会における人々の不安を助長させるようなタイトルを書きます。
典型的なのが

・有名人同士の交際や結婚・離婚・不倫等の噂
・有名人の収入や資産・住居・家庭・民族事情
・有名人の整形やプライベート
・有名人の交友関係や宗教、団体の所属(※特に関りがお金持ちや地位ある人)
・皇室や王室、海外セレブ、政治家や経営者の裏事情
・生活における不安をあおるような記事
・格差社会や貧困・社会的弱者を扱った記事
・障がい者やマイノリティ・外国人労働者に関する記事
・ひきこもりやいじめに関する記事
・教育問題、家庭環境、若者の性に関する記事
・職場のハラスメントや企業の内部事情
・特定の事件の犯人や被害者に関する記事
・性・風俗・ギャンブル・お金儲けに関わる記事
・業界の権力関係や抗争に関する記事


いくつかのメディアはWeb版にて、ネット検索結果で出た「サイトの見出し」に上記に関わる文章は意図的に含ませてます

但し、Youtubeの場合、上記のような内容は数的には寧ろ少数です。しかし、目立つのは「動画再生回数が多い」ので「おすすめ」に出てくるからだとされます。一部の一握りの動画だけが稼いでいるので、おすすめに現れ、その動画を観る人が益々増大してしまいます

また、文章だけでなく、視覚というもの、女性タレントの過激な身体的演出は男性読者を呼ぶ為にあります。
芸能界においては、本物の音楽や映画といったコンテンツが売れない近年(※2010年代以降)は、例えば、人気女優に過激な水着を着せたりした動画が増えてますが、これは「話題性」を生んで「集客」して、動画再生回数を稼いだり、芸能人個人の知名度をUPさせるのが目的で、芸能事務所と動画配信業者との企画です。
コンテンツの内容よりも、芸能人個人の話題を売りにしている時代と言えます。
彼ら、発信者側は「集客したい」という立場で物事を語り、情報・コンテンツを発信してきます。

つまり、ネット発信というのは、何十億という情報発信者があり、それぞれの立場で物事を語っている=全て自分以外の他人の立場による言葉という事です。

客観的事実を語れるのは科学で解明されている事だけ

よく、公では「客観的に物事を捉えて話せ」と言われます。
この客観的というのは、自分の主観や独断を除いて、出来るだけデータとか見えるものを指標にして物事を発言せよ、いう事です。

地球の自転は、23.93444時間というのは絶対的な指標です。
これを「科学的根拠」といい、観測・実験して検証できた「客観的事実」です。摂氏0度で水が凍るというのもそうです。

つまり、変えようのない事実だけが「客観的事実」で語れるので、それ以外は全て個々の感情や立場上(特に営利の場合は収益化目的)というのが入ってきます

京都市の人口は143.7万人(2024年推計)という指標は市役所の住民基本台帳、国勢調査によるものなので、極めて真実味が高いですが、科学的な指標ではないので、100%正確ではないです。

そして、最も「客観的に語れない」事象があります。
例えば、嘘か本当か不明な事件があるとします。事実を知るのは当事者だけです。
特に芸能人の、犯罪行為でないような「個人的話題」の場合は、中間に色んな立場の人間が入り込んで、一次情報が歪曲されていく、時にはそれを意図的に使って話題性を生むために工作する事すらあり得るので、事実は当事者と関わりのある周囲の人以外は、雑誌社等も含めて全くわからなくなります

完全に客観的に語れるのは、正確な資料=証拠を提示する事です。例えば、現行犯は目撃者が撮影し記録していればそれが証拠になります。
しかし、先述の芸能人の話題の場合、メディアを通じて出る画像や動画・音声は加工がいくらでも可能です。

数値上の資料についても、作成した文章は捏造する事が出来ます。
よく「ネットで稼いだ」系の方々がサイト内で「月1000万稼いだ」とか、預金通帳のコピーやスキャン、ネットバンクやアフィリエイトの収入額を公開していますが、それだって画像修正ソフトで加工できます

つまり、ネットでの情報は、科学的に根拠のある情報以外は、あまり信憑性はないと言えます。
しかし、疑うのは全ての領域ではなく、疑うべきかは、意図的に集客を工作している相手かどうかです。

ネットには、真実もあれば、裏工作もある

権力の都合で、テレビ等、大手メディアの報道で採り上げられなかった事実で、もし、苦しんでいる人がいれば、そういった方々は報道してもらえなかったので、ネットを使って発信する可能性があります
事実を報道されなかったために、それで苦しんでいる当事者が発信する事は事実ですが、しかし、それでも閲覧者としては「これもどこまで本当なのか」疑う事になります。
それは、何度も話しているように、皆さん閲覧者は「当事者ではない」からです。

ある芸人さんの不祥事が明るみになった時、Youtubeにて「私も被害者です」と名乗る女性が後を絶ちませんでした。
難しいのは、本当の被害者なのか、単に広告収入を得るために便乗している第三者なのかどうかと言う事です。

さて、視聴者は芸能人とは直接接していないので、どういった人物なのか、その本質を知る事はできません。

しかし、その本質を知る人がいます。それは芸能人本人と接している芸能人やスタッフ、関係者同級生や知人です。

芸能人はバーチャルな存在ではなく、我々と同じ人間です。人気俳優の場合、スターとして神格化した宣伝をされても、人間性というものは映像だけではなかなかわかりません。
勿論、その地位になるまでの努力と、人間性が無ければ、周囲は協力しないですから、そこまでに到達できないですし、人柄というのが映像で見えてくる事はあります。

しかし、時々、ネット上では芸能人の評判というのが出回ります。
その真偽は横に置いても、可能性としては次のようなものが考えられます。

・本人を知る誰かが、本人から嫌な思いをされて、その怒りで陥れるために悪評を書いた。これは、有名人が匿名でする場合もありうる。
・本人が本当に態度や言動が悪く、評価が悪いので、スタッフが情報を漏らした
・上記の場合、手に負えない芸能人であれば、事務所も了承している場合がある
・芸能界の事務所の派閥の関係で、敵対する派閥の芸能人や事務所関係が悪口を拡大解釈して書いている

ネットの信憑性の話で、芸能界の話が主になっていますが、ここで芸能界の事を題材にしたのは、最も真実が不明な領域だからです。
芸能というのは、表現活動・演技をもって商業にしている業界ですので、真偽がどうこうよりも、その全てが演技かもしれないのです。

そして、互いの人間関係や利害関係、対立というものがあるので、どうしても特定の芸能人に対するマイナス面の評価がネットで出てきます。

芸能界というのは、事実を伝える事よりも、どう演出して楽しませるか、商売するかを重視しているので、法律に触れない限り、多少の過激な演出はあります。
映画等で、作品によっては性的な表現が描かれますが、それは誰にも受け入れられるものではないです。
しかし、芸能界の一領域では、それは表現であり、嫌悪感なく行っています。

そういった事を理解できる人が、芸能人になったり、事務所のスタッフをしています。
勿論、そういった領域ばかりではないですが、芸能というのが、非現実の世界を投影している、という事は忘れないでほしいです。

ネット世界は「非現実」も映し出してます。誇大表現・虚像も多く紛れているのです
ネットは、書店のようなものです。大衆向けの週刊誌もあれば、文芸誌も、図鑑も、教育書も混じっているのがネットです。

真偽が不明な事を考えるだけ、自分の時間を奪ってしまう

「自分の人生を生きろ」とは、つまり、こういった事実がどうかわからないような事を考えたり、議論するのに時間を費やしてはいけない、という事です。
日々、やるべき事があり、それに一生懸命なら、他人の出来事に対して考察している暇はありません。

あるインフルエンサーが言っています。
「僕の事なんて、仕事や学業で忙しい人は知らないだろう」と。

Yahoo!ニュースの上位や、Youtubeの動画再生回数の上位に、芸能人の個人的話題が盛り上げるのですから、日本はそれだけ、平和な国と言えますが、それだけ「他人を観察している、自分の人生を生きていない、何者にもなれない人が多い」のに他なりません。

By Angel-Broadcasting



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